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しかたなく転職≠ェ 私の転機

桑原智子さん

Ai那リラクゼーションルーム代表
鍼灸マッサージ師、スポーツアロマコンディショニングトレーナー、産業カウンセラー、NPO法人WWA理事長

昭和34年生まれ。燕市出身。高校卒業後、会計事務所やステンレスメーカーで人事業務等を担当した後、眼疾患を患い退職。盲学校で鍼灸マッサージ師の国家資格を取得するとともに、アロマインストラクターならびに産業カウンセラーの資格を取得。平成17年に指圧マッサージ鍼灸療法とスポーツアロマを主とするAi那リラクゼーションルームを開業。燕市在住。



―WWA会員へのアンケートによると「結婚、転職、出産」が転機ベスト3でしたが、この結果についてどう思いますか。

「結婚」と「出産」が転機の上位にきているのは、女性にとって身近な人間関係の変化が大きく影響することの表れかな。ただ、私自身は働き続けるために長男と結婚したクチだから、その二つが転機になることはなかったんだけどね。

―わざわざ長男と結婚した?ふつうは「結婚するなら次男が良い」って言うものだけど。

次男の方が気楽だもんね(笑)。ただ、県央地域は家内工業的企業が多いこともあるだろうけれど、女性が結婚後も働き続けるのがあたりまえの地域なのね。だから私も仕事を続けるのが当然だと思っていたし、専業主婦になるなんて考えてみたこともなかった。  

―それでは、桑原さん自身の転機は何だったの。

父が事業に失敗したことかな。私の実家は昔、工場を経営していたのだけれど80年代の円高不況(*)の時に立ちゆかなくなったの。そのため、当時、私は結婚して家業を手伝っていたのだけれど、やむなく転職することになったの。その時、会計事務所に転職したことが、その後の私の生き方にすごく大きく関わっているのよね。


―具体的に言うと?

「仕事の仕方」を学ぶことができたこと。仕事に厳しい会社だったから、システム手帳を使って「計画と実績」の確認をすることを覚えたし、計画を達成するために「時間管理」をすることも知った。私ね、ストップウオッチで自分が一つの仕事を終えるまでにかかる時間を計ってみたのよ。そして、仕事のやり方を工夫してまた計る。そうするとね、明らかに時間が短くなるのよ。
 

―ストップウオッチで自分の作業時間を計る事務職員って、見たことないかも(笑)。

ただ、計っているうちに、どんなに頑張っても、私が一人でこなせる以上の仕事量があることが分かってね。人を増やしてもらうためには妊娠するしかない!って思って二人目を妊娠したの(笑)。
 そしたら今度は「人が増えた分、あなたは外に出て稼げ」と言われ、研修業務などを担当することになったのよ。だけどそのおかげで、「自分で考えて仕事をすること」、「仕事を創造すること」を知ることができたのよね。
 

―そして、その後再び転職し、現在は自分でお店を経営しているわけですね。

会社を辞めて鍼灸マッサージの道に入ったのは、目を悪くしたから仕方なくだけどね。父が失敗したときもそうだったけど、私の転職は「しかたなく転職」なのよね(苦笑)。だけど、傍からみたら不幸な状況も、私にとってはステップアップのきっかけになった。
 大切なものは人それぞれだし、その人らしいあり方も、人それぞれでしょう。私の場合は働いているのがいちばん私らしい。だからね、いまの私は鍼灸やマッサージを施しているけれど、仕事の仕方は理詰めよ〜(笑)。なんとなく楽になったとかいうのでは私自身が納得しない。複式簿記の勘定科目が揃うように、痛みの本質を探してそれを除くこと、つまり原因があって結果がある、そんな仕事が私のやり方なのよね。
 

――そして、その後再び転職し、現在は自分でお店を経営しているわけですね。

免許を持って仕事をしている以上、確実に結果を出していくことが自分の使命だと考えてるからね!

(*85年秋から86年にかけての急激な円高。一年余で100円近く円が上昇し、当時輸出産業が主であった県央地域では倒産が多発した)

聞き手:WWA西條和佳子

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